LOGIN第十九話 側室は黒ギャル⁉ 童顔姫⁉ 美男子⁉
帝から直々に勧められたこともあり、龍之介は摂関家の一つである近衛家から、側室を迎える運びとなった。
相手は美乃利姫という、近衛家の血を引く娘である。家柄だけを見れば、正二位左大臣である龍之介の側室として申し分ないどころか、これ以上を望むのは難しいほどの縁談だった。
しかし、龍之介は話を聞いた時から、少なからず不安を感じていた。
「近衛家の姫となれば、いかにも公家らしい、気位の高い娘なのではあるまいか。朝から晩まで家柄や作法の話をされ、何かするたびに下品だと叱られるようでは、家に戻っても気が休まらぬぞ」
そんなことを考えている龍之介自身も、帝の血を引き、藤原朝臣を名乗る正二位左大臣である。誰よりも公家らしい立場にいる自分のことは、見事に棚へ上げていた。
美乃利を迎える日、嵐山の屋敷では、側室の輿入れとしては異例ともいえる祝言が執り行われた。
大勢の客を招いた華やかな宴ではなかったが、相手は摂関家である近衛家の娘である。何の儀礼
第65話 龍之介の野望 龍之介には、天下統一や国民皆三食の実現とは別に、胸の奥へ秘めてきた大きな野望があった。 それは、滅びゆく文明と文化を後世へ残すことである。 前世の龍之介は、古代文明に強い関心を持っていた。なかでも特に心を引かれたのが、中南米に栄えたマヤ文明であった。 巨大な神殿、精密な暦、独自の文字、高度な天文学。 しかし、その多くはスペイン――イスパニアによる侵略と支配の中で失われていく。マヤの民そのものが消滅するわけではないものの、独立した国々は次々と征服され、神殿は破壊され、長い年月をかけて記された書物も焼かれてしまう。 龍之介は、その未来を知っていた。「すでに失われたものを取り戻すことはできぬ。だが、これから失われるものならば救えるかもしれぬ」 茨城城の一室で、龍之介は世界地図を広げていた。 傍らには正室の歩美、筆頭家臣の影鷹、家老総代の柳生宗矩が控えている。「御主人様は、海の向こうにある文明を救おうとお考えなのですか?」 歩美の問いに、龍之介はうなずいた。「救うなどという大それたことができるかは分からぬ。ただ、文字や書物、技術や信仰を記録し、後世へ残したい。侵略されようとしている者たちが望むならば、守る力も貸してやりたいと思っておる」「そのマヤなる国は、どれほど遠いのでございましょう」「正確な距離は、儂にも分からぬ。海を越えた、遥か東の大陸じゃ」 龍之介は地図の上で日本から東へ指を滑らせ、太平洋の中央付近で止めた。「まずはハワイへ向かう。そこで補給拠点を築かなければ、北米大陸まで蒸気船を進めることは難しい」 蒸気機関鉄甲船は風がなくても航行できるが、どこまでも進めるわけではない。大量の石炭と真水、乗組員の食料を必要とする。 龍之介の船は帆走と蒸気機関を併用できるものの、未知の海を横断するには中継地が欠かせなかった。 そこで龍之介は、十隻の蒸気機関鉄甲船をハワイへ派遣することにした。 船には石炭や食料だけでなく、友好の証しとなる絹
第64話 教育 龍之介は、正室の子と側室の子を分け隔てなく教育した。 嫡男の八幡が将来の征夷大将軍として特別な責任を負うことはあっても、学問や武芸を学ぶ機会について差をつけるつもりはなかった。「誰の腹から生まれたかで、子の才は決まらぬ。学ぶ機会を与えず、役に立たぬ者にしてしまうほうが親の罪だ」 それが龍之介の考えだった。 とりわけ男子には、征夷大将軍の息子という名に恥じぬよう、幼い頃から厳しい教育が施された。 剣術指南の中心となったのは、三上家の家老総代を務める柳生宗矩である。 さらに鹿島神道流、香取神道流から若くして免許皆伝を得た剣士を招き、それぞれの流派の長所を学ばせた。柳生新陰流だけに偏らせず、多くの流派に触れさせることで、相手の動きへ柔軟に対応できる剣士に育てようとしたのである。 八歳となった八幡は、すでに毎朝の素振りを欠かさなかった。 五歳の太郎と次郎も、兄に負けまいと小さな木刀を振っている。もっとも、まだ型を覚える段階であり、長く続ければ腕が上がらなくなってしまうため、宗矩が適度に休ませていた。「太郎様、力だけで振ってはなりませぬ。肩の力を抜き、刃筋を意識なされませ」「ですが宗矩、強く振らなければ敵を倒せないのではないですか?」「強さは、力の大きさだけではございません。正しい場所へ、正しい速さで届くことが大切なのです」「では、父上はなぜ、あんなに強く振っているのですか?」 太郎が道場の端を指さした。 そこでは龍之介が、蜻蛉切を使った型を家臣たちへ見せていた。槍が動くたびに風を切る鋭い音が響き、見学していた若い兵たちが息をのんでいる。 宗矩は一瞬、返答に困った。「殿は……あれが自然なのでございます」「ずるいです」 太郎の不満そうな言葉に、宗矩は苦笑するしかなかった。 長女の心美と次女の春風には、くノ一である春が中心となって小太刀を教えていた。 春が重視したのは、敵を倒すことよりも、危険から逃れ
第63話 1600年元日 慶長五年、西暦一六〇〇年の正月元日。 新しい年の朝を迎えた茨城城では、日の出とともに太鼓が打ち鳴らされた。 八重の堀に囲まれた巨大な城郭の門が開かれ、正装した大名や家臣たちが次々と登城してくる。三ノ丸から本丸へ続く道には日の丸と菊水紋の旗が並び、天守最上階の金箔瓦が朝日を受けて輝いていた。 正一位関白、太政大臣、征夷大将軍、禁裏御守衛総督を兼ねる藤原朝臣三上龍之介正圀は、三十八歳となっていた。 本能寺の変が起きた日に、この世界へ転生してから十八年。 織田信長を救い、天下統一に協力し、織田宗家との戦を経て自ら幕府を開いた龍之介は、今や日本国の政を一身に担う立場となっていた。 本丸御殿の大広間には、三上家の一族と有力大名、幕府の重臣たちが勢ぞろいしていた。 龍之介の隣には、三十五歳となった正室の歩美が座っている。 織田信長の娘として生まれ、龍之介の正室として戦乱を乗り越えてきた歩美は、今では三上家の奥向きをまとめる揺るぎない存在だった。 子供たちも、父母の前に並んでいた。 嫡男の八幡は八歳。いずれ三上家と茨城幕府を継ぐ者として、すでに剣術や学問、政について学び始めている。 次男の太郎は五歳。歩美の願いにより、将来は滅亡した織田家の名を継ぐことが考えられていた。 側室から生まれた三男の次郎も五歳。長女の心美と、春が産んだ次女の春風も同じく五歳となっている。 八幡は背筋を伸ばし、父の隣で大人しく座っていたが、五歳の子供たちは長い儀式に飽き始めていた。「太郎、足を崩してはなりません」 歩美が小声で注意すると、太郎は慌てて座り直した。「ですが、母上。足がしびれて、もう動きません」「私も動きません」 隣に座る次郎まで真顔で訴えた。 心美と春風は口元を押さえて笑っている。 その様子に気づいた龍之介は、威厳を保とうとしながらも、わずかに頬を緩めた。「もう少しの辛抱だ。立ち上がる時に転ばぬようにな」
第62話 台湾・天津・上海・香港 明国との不可侵条約が締結され、羽柴台湾国が滅亡したことにより、日本国は天津、上海、香港、台湾という新たな海外領地を得た。 しかし、土地を手に入れただけで統治が終わるわけではない。 龍之介は、天津、上海、香港へ派遣する奉行や城代を集めて告げた。「戦に勝つだけなら、優れた武器があればよい。だが、新たに加わった土地を栄えさせるには、そこに暮らす者たちの協力が必要となる。日本のやり方を一方的に押しつけるのではなく、その土地の気候、習慣、商いを学べ。ただし、港を守る備えだけは決して怠ってはならぬ」 三つの海外領地には、日本様式の海城が築かれることとなった。 城の設計を任されたのは、茨城国や堺、肥前名護屋城の築城に携わった大工や石工たちである。そこへ現地の技術者や職人も加えられ、日本の城郭技術と明国の建築技術を組み合わせながら工事が進められた。 三城に共通して建てられたのは、外観七層、内部六階の巨大な天守である。 屋根の両端には黄金の鯱が載せられ、最上階の屋根には、日本国の船印としても用いられている日の丸の旗が掲げられた。 白壁と黒漆塗りの板壁、幾重にも重なる瓦屋根を持つ天守は、遠く海上からでも見ることができた。 それは日本国の威厳を示すと同時に、交易船に港の場所を知らせる目印にもなったのである。 ただし、三つの城がまったく同じ造りだったわけではない。 天津城は、川と海が交わる場所へ築かれた。 冬の寒さと川の増水に備えるため、石垣の内側には厚い土塁を設け、河口には堤防と水門を築いた。港から城内へ続く運河も掘られ、船のまま物資を倉へ運び込める構造となっていた。 城の北側には広い練兵場と砲台が置かれ、明国側から大軍が押し寄せた場合にも備えられている。 上海城は、長江から運ばれた土砂によってできた軟らかな土地へ築かれた。 そのまま巨大な天守を建てれば、重みに耐えられず傾くおそれがある。そこで地中へ多数の杭を打ち込み、その上へ石を積んで強固な土台を造った。 水路の多い土地柄を生か
第61話 羽柴台湾国の最後 明国沿岸へ上陸した三上軍は、圧倒的な兵器の力によって進撃を続けていた。 明国軍が大軍を集めて攻め寄せても、アームストロング砲とガトリング砲の前では、三上軍の陣へ近づくことさえできない。海上からは蒸気機関鉄甲船による艦砲射撃が行われ、陸上では湾曲長盾を並べた歩兵が三八式歩兵銃を放ちながら前進した。 各地の明国軍は次々と敗れ、日本軍の前から退いていった。 家臣の中には、この勢いのまま明国の都まで攻め上るべきだと主張する者もいた。「関白殿下、敵は浮き足立っております。今こそ都まで攻め込み、大明皇帝を降伏させる好機にございます」 しかし、龍之介は軍議の席で大陸の地図を見つめながら、静かに首を横へ振った。「いや、これ以上の深追いはせぬ」「なぜでございますか。今の明国軍に、我らを止める力はございません」「目の前の敵に勝てることと、この広大な国を征服できることは別の話だ。海岸から離れれば、艦隊からの援護を受けられなくなる。補給路も長くなり、我らは明国の大軍に四方から囲まれるであろう」 龍之介は地図上の海岸線を指でなぞった。「我らの目的は明国全土を奪うことではない。日本が明国の属国ではないと認めさせ、二度と我が国へ軍を向けさせぬことだ。欲を出して大陸の奥深くへ踏み込めば、勝てる戦まで負けることになる」 前世の知識を持つ龍之介は、中国大陸があまりにも広大であることを知っていた。 海軍力と兵器の性能では日本が勝っている。しかし、広大な内陸部へ踏み込めば、兵站を維持するだけでも莫大な労力が必要となる。 戦線を広げすぎれば、いかに強力な三上軍であっても、いつかは疲弊する。 龍之介は進撃を停止させ、すでに制圧していた天津、上海、香港の三か所を確保することにした。 天津は明国の都に近く、北方の海を押さえるための重要な港である。上海は長江の河口に位置し、明国の物流と交易を支える拠点だった。香港もまた、南方航路を支配するうえで欠かせない良港である。 三上軍は、それぞれの港と周辺地域へ砦を築いた。
第60話 明国からの使者 羽柴秀吉の死後、二代目羽柴台湾国王となった羽柴秀次は、養父の遺志を果たすために行動を開始した。 羽柴家の悲願は、日本へ戻ることである。 だが、羽柴台湾国が保有する蒸気機関鉄甲船は十五隻ほどにすぎない。それに対し、三上龍之介正圀が率いる日本国には、大小合わせて三百隻を超える蒸気機関船があった。 正面から戦えば、台湾を出港した直後に撃破されることは明らかである。 そこで、黒田官兵衛が目をつけたのが明国だった。 急速に国力と海軍力を高める日本国を、明国もまた脅威と考えていた。 日本の蒸気機関鉄甲船は、風向きに関係なく海を進むことができる。搭載されている大砲も、明国の火砲をはるかにしのぐ射程と威力を持っていた。 さらに、日本は明国を中心とする朝貢体制へ加わろうとせず、あくまでも対等な国として交易を求めている。 明国の宮廷では、日本の力がこれ以上大きくなる前に弱体化させるべきだという声が強まっていたのである。 日本へ戻りたい羽柴家と、日本を弱らせたい明国。両者の利害は一致した。 台湾城で開かれた評定には、秀次をはじめ、黒田官兵衛、石田三成、浅野幸長らが集まっていた。その正面には、明国から派遣された使者が座っている。「大明皇帝は、羽柴台湾国との同盟をお認めになられた。共に倭国を討ち、東海の秩序を取り戻すのである」 明国の使者は、同盟相手を前にしても尊大な態度を崩さなかった。 その物言いに三成の眉がわずかに動いたが、秀次は表情を変えずに答えた。「明国が日本を攻めるのであれば、我ら羽柴家も呼応いたしましょう。ただし、三上龍之介正圀を討った暁には、羽柴家が日本へ戻ることを認めていただきたい」「羽柴家が大明皇帝へ忠節を示すなら、相応の土地を与えることも検討されよう」 使者は、あくまでも明国が羽柴家へ恩賞を与えるのだと言わんばかりだった。 官兵衛は、明国の本心を見抜いていた。 明国にとって羽柴家は、日本を内側から崩すための駒にすぎない。日本に勝利した後、羽柴